2014年10月31日金曜日

奈良 平城遷都1300年祭で賑わう平城宮跡を訪ねて

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➛平城遷都1300年祭で賑わう奈良、そのメイン会場である平城宮跡会場(2010/4/24開催)での催しが11/7で終わるとのことから、急遽(10/28)、平城宮跡見学のバスツアーに参加しました。
平城宮跡第一次太極殿
春日大社
➛奈良市一巡り(東大寺 興福寺 唐招提寺など)
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(ブログ)平城宮跡

➛平城京は、奈良時代の日本の首都で、所謂「奈良の都」です。唐の都「長安」や北魏洛陽城等を模倣して建造したとされています。今回、訪ねたのは、奈良の古都平城京の大内裏「平城宮」で、周囲を塀で囲まれた朱雀門・大極殿の一帯です。
➛平城宮

➛藤原京から平城京への遷都は、710年(和銅3年)3月10日 (旧暦)で、遷都された時には、内裏と大極殿、その他の官舎が整備された程度と考えられており、寺院や邸宅は、山城国の長岡京に遷都するまでの間に、段階的に造営されていったと考えられています。
➛平城宮跡会場見取図

➛再建工事中の第1次大極殿(写真中央)。背後に東大寺大仏殿や若草山がみえます(2010年1月)。
再建工事中の第1次大極殿

➛平城宮の朱雀門は、1997年、考古学的研究と奈良県下の寺社に残る門を参考にして、五間三戸の二重門がかつての位置に等寸復元されたものです。
ライトアップされた平城宮跡の朱雀門

➛当日、小雨の降る中、大宮通りでバスを下車し朱雀大路を歩き、朱雀門から平城宮に入ります。
➛朱雀大路からの朱雀門の景観

➛朱雀門をくぐると、彼方に南門・大極殿を配する広大な平城宮跡が広がり、近鉄線が横断しています。
➛広大な平城宮跡

➛南門と塀

➛大極殿

➛大極殿御座

➛大極殿にて

➛大極殿より朱雀門

➛大極殿より南門・朱雀門

➛朱雀門では、午後4時過ぎに古来の衛士による閉門の催しが行われます。
➛朱雀門

➛朱雀門の閉門

➛朱雀門の閉門

➛朱雀門の閉門

➛朱雀門の閉門

➛朱雀門の閉門

➛当日、時間がなく見ることが出来なかった平城京の史跡を、投稿画像で確認します。
遣唐使船と平城京歴史館

内裏の井戸

東院庭園

2014年10月30日木曜日

奈良 奈良市の史跡、平城宮・唐招提寺・薬師寺などを散策ーⅡ

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➛度々、訪れる奈良市ですが、点在する史跡の全てを目にすることは難しく、wikipedia の記事と写真を引用・・・、Wikilocで町並みを辿ってみました。
➛薬師寺は、興福寺とともに法相宗の大本山で、南都七大寺のひとつに数えられます。
大池からみた薬師寺両塔・金堂の夜景
春日大社
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奈良 奈良市一巡り(東大寺 興福寺 唐招提寺など)
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空から街並み拝見(Google Earth)

奈良 奈良市 薬師寺金堂 新 Google Map で展開
奈良 奈良市 薬師寺 Bing で検索画像展開

➛天武天皇9年(680年)、天武天皇の発願により、飛鳥の藤原京の地に造営が開始され、平城遷都後の8世紀初めに現在地の西ノ京に移転したものです。
薬師寺両塔・金堂と若草山

薬師寺 金堂

➛唐招提寺は、鑑真が建立した寺院で南都六宗の一つである律宗の総本山で、本尊は廬舎那仏、開基(創立者)は鑑真です。井上靖の小説『天平の甍』で広く知られるようになった中国・唐出身の僧鑑真が晩年を過ごした寺であり、奈良時代建立の金堂、講堂をはじめ、多くの文化財を有します。
唐招提寺 金堂

唐招提寺 鼓楼

唐招提寺 盧舎那仏

➛西大寺は、奈良時代に孝謙上皇の発願により、僧・常騰を開山として建立されました。
西大寺 四王堂

➛「西大寺」の寺名は言うまでもなく、大仏で有名な「東大寺」に対するもので、奈良時代には薬師金堂、弥勒金堂、四王堂、十一面堂、東西の五重塔などが立ち並ぶ壮大な伽藍を持ち、南都七大寺の1つに数えられる大寺院でした。
西大寺 東塔跡

➛秋篠寺は、「日本後紀」には大同元年(806年)、桓武天皇の五七忌が秋篠寺で行われたことが見え、天皇家とも関連の深い寺院であったと思われます。
秋篠寺 本堂

➛平城宮は奈良の古都平城京の大内裏で、平城京の北端に置かれ、天皇の住まいである内裏即ち内廷と、儀式を行う朝堂院、役人が執務を行う官衙の所謂外朝から成り、約120ヘクタールを占めていました。周囲は5メートル程度の大垣が張り巡らされ、朱雀門を始め豪族の姓氏に因んだ12の門が設置され、役人等はそれらの門より出入りしました。
平城宮 朱雀門(復元)

➛大極殿は、古代の朝廷の正殿で、宮城(大内裏)の朝堂院の北端中央にあって、殿内には高御座(たかみくら)が据えられ、即位の大礼や国家的儀式が行われました。
平城宮 太極殿

平城宮 東院庭園

➛法華寺は、光明皇后ゆかりの門跡尼寺として知られる(門跡寺院とは、皇族、貴族の子女などが住職となる格式の高い寺院の称)尼寺で、奈良時代には日本の総国分尼寺とされていました。
法華寺 本堂

法華寺 鐘楼

➛コスモス寺の名で知られる般若寺は、東大寺大仏殿や正倉院の北方、奈良坂と呼ばれる登り坂を登りきった地点に位置します。般若寺門前を南北に通る道は「京街道」と呼ばれ、大和(奈良県)と山城(京都府)を結ぶ、古代以来重要な道でした。
般若寺

般若寺 楼門

➛白毫寺は、市街地の東南部、春日山の南に連なる高円山の山麓にあって、境内から奈良盆地が一望できる景勝地に建つ寺です。関西花の寺二十五霊場第18番(萩)として知られています。
白毫寺

白毫寺 本堂

2014年10月29日水曜日

奈良 奈良市の史跡、春日大社・東大寺・正倉院・興福寺などを散策ーⅠ

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➛自宅から奈良へは車で1時間程度の距離にあることから、時々に訪ねます。今回は、若草山麓に点在する史跡を展開みました。
春日大社
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➛春日大社は、奈良公園内にある神社で、旧称春日神社といい、全国にある春日神社の総本社です。藤原氏の守護神である武甕槌命と経津主命、祖神である天児屋根命と比売神を祀っており、武甕槌命が白鹿に乗ってやってきたとされることから、鹿が神使とされています。
春日大社

春日大社

➛奈良公園は、若草山麓に広がる都市公園で総面積は502ヘクタールで、周辺の興福寺、東大寺、春日大社、奈良国立博物館、なども含めると総面積はおよそ660ヘクタールもあり、通常はこの周辺社寺を含めたエリアを奈良公園と呼ぶことが多いようです。
飛火野の風景

鹿(二月堂にて)

➛紅葉の名所として知られる手向山麓に位置する手向山八幡宮です。すぐ北には東大寺法華堂(三月堂)や東大寺二月堂があります。
手向山八幡宮

東大寺法華堂(三月堂)

➛東大寺二月堂は、奈良時代(8世紀)創建の仏堂で、現存する建物は1669年の再建で、日本の国宝に指定されていて、奈良の早春の風物詩である「お水取り」の行事が行われる建物として知られています。
東大寺二月堂

二月堂下る

道標 左大仏殿道

東大寺大仏殿

東大寺大仏

東大寺中門

➛正倉院は、東大寺大仏殿の北西に位置する、高床の大規模な校倉造倉庫で、聖武天皇・光明皇后ゆかりの品をはじめとする、天平時代を中心とした多数の美術工芸品を収蔵していた施設です。
➛正倉院正倉

➛吉城園は、「興福寺古絵図」によると同寺子院の摩尼珠院があったところとされていますが、明治になって民間の所有となり大正8年(1919年)に現在の建物と庭園が作られた後、奈良県の所有となっています。
吉城園

➛訪問、1997/11/24
吉城園にて

奈良国立博物館(本館)

➛浮見堂は、奈良公園鷺池のなかに建つ六角形の建物で、堂全体が水面に鏡のように映し出されてゆらめく姿は、美しく幻想的で水に浮かぶ宝石箱のようです。
浮見堂

➛奈良ホテルは奈良市高畑町にある、1909年(明治42年)10月に営業開始した老舗のホテルです。興福寺、奈良公園などの観光地にも近く、本館の建築は辰野金吾・片岡安による設計で桃山御殿檜造りの木造2階建て瓦葺きで創業当時のものです。
奈良ホテル

今西家書院

➛志賀直哉旧居は、1929年4月に竣工した志賀直哉自らが設計したとされる和洋中折衷住宅で、モダンな食堂兼娯楽室とサンルームと庭園を備え、多くの文人画家の集いの場となったことから、彼らの間で高畑サロンと呼ばれていました。訪問、1997/10/10
志賀直哉旧居

新薬師寺 本堂

➛興福寺は、奈良市登大路町にある、南都六宗の一つ、法相宗の大本山の寺院で、南都七大寺の一つに数えられます。藤原氏の祖・藤原鎌足とその子息・藤原不比等ゆかりの寺院で、藤原氏の氏寺であり、古代から中世にかけて強大な勢力を誇りました。訪問、2001/09/19
興福寺 五重塔

➛南円堂は西国三十三箇所第9番札所です。訪問、2001/09/19
興福寺 南円堂

猿沢の池

➛元興寺は、奈良市にある南都七大寺の1つに数えられる寺院で、蘇我馬子が飛鳥に建立した日本最古の本格的仏教寺院の法興寺がその前身です。
元興寺の本堂と禅室
➛Tags=Todaiji,Nara,Japan