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2015年1月22日木曜日

アルバニア 首都ティラナ及び世界遺産の博物館都市など

➛Google Map
➛名所・史跡を投稿画像で紹介。
➛鎖国政策をとってきたアルバニアは、ヨーロッパで最も謎に満ちているといわれ、長い間ベールに包まれてきたその姿は、まさにバルカンの秘境と呼ぶにふさわしい国です。
➛スカイタワー
➛オススメ動画 「Discover Albania」

➛アルバニア 首都ティラナ及び世界遺産の博物館都市など
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➛Wikiloc ツアー一覧(後順)
➛空から街並み拝見(Google Earth)

➛旧エンヴェル・ホッジャ美術館

➛アルバニア人は、8世紀にスラブ民族がバルカン半島に移住してくる以前にこの地に広く住んでいたイリュリア人の末裔といわれています。彼らはいくつもの部族に分かれ、統一国家をもたなかったため、ローマ帝国、ビザンツ帝国、ブルガリア帝国、セルビア帝国、オスマン朝と歴史を通じて常に大国の支配を受け続けてきました。
➛中世の英雄スカンデルベク像

➛クロックタワー

➛大統領府

➛第2次世界大戦後はエンヴェル・ホジャ率いる共産主義国としての歩みを始めましたが、共産主義理論の見解の相違から、それまでの援助国とことごとくたもとを分かち、ついには鎖国政策をとるにいたりました。
➛コングレスパレス

➛マザーテレサ広場とティラナ大学

➛マザー・テレサ像(ティラナ大学)

➛1990年には、市場経済を導入し、共産党の一党独裁時代も終わりましたが、急激な経済の自由化の波に国民はついていけず、1997年のネズミ講事件により、経済が破綻、国中が大混乱に陥りました。
➛ティラナの街並み

➛混乱から10年が経過した現在、経済は順調に成長し、旅行者もそれに従って増えており、インフラはまだ充分整っているとはいえないものの、ローマ時代の遺跡や、美しい自然は訪れる人を惹き付けてているようです。
➛ティラナの風景

➛国立歴史博物館

➛世界遺産、ベラトとジロカストラの歴史地区の街並みを形作っているのは、この地域特有のクラ(「塔」の意)と呼ばれる石造りの家屋で、オスマン帝国時代に建造されたものです。
➛博物館都市(ジロカストラ)

➛ベラトにもオスマン帝国時代の町並みが保存されており、2005年に世界遺産に登録されていた「ギロカストラの博物館都市」の拡大登録という形で、2008年に世界遺産リストに加えられました。
➛博物館都市(ベラト)

➛博物館都市(ベラト)

➛ブトリントは、アルバニア南部のサランダ県にある都市遺跡です。
➛ブトリントの劇場跡

➛ブトリント博物館

➛古い教会

2014年12月13日土曜日

ボスニア・ヘルツェゴヴィナ 首都サラエボと世界遺産の二つの橋

➛Google Map
➛名所・史跡を投稿画像で紹介。
➛ボスニア・ヘルツェゴヴィナは事実上の内陸国で、アドリア海に面した海岸線が10km足らずで港はありません。国土の中央部をディナル・アルプス山脈が走り、2000m級の峰々が連なる山地の多い国で、北部をボスニア地方、南部をヘルツェゴヴィナ地方と呼び、これを合わせたものが国名となっています。
➛サラエボ芸術アカデミー
➛オススメ動画 「Sarajevo - Downtown」

➛ボスニア・ヘルツェゴビナ 首都サラエボの景観
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➛Wikiloc ツアー一覧(後順)
➛空から街並み拝見(Google Earth)

➛電車

➛首都、サラエボは、オーストリア・ハンガリー帝国の皇位継承者フランツ・フェルディナントとその妃ゾフィーが訪問中の1914年6月28日、セルビア人青年に射殺されたサラエボ事件と、1984年に開催されたサラエボオリンピックで世界に名前を記憶されています。
➛シティホール

➛大聖堂

➛カフェストリートから大聖堂

➛自由広場と正教会

➛モスク

➛Avaz タワー

➛Avaz タワーからのサラエボ夜景

➛国立博物館

➛ホリデイインホテル

➛ガジ・フスレヴ=ベグは、1521年、ボスニア州の2代目の知事に就任した人物で、町で最初の図書館、マドラサ、スーフィズムの学校、サハト・クラ時計塔などを建設しました。
➛ガジ・フスレヴ=ベグの墓

➛ガジ・フスレヴ=ベグ・モスクは、ガジ・フスレヴ=ベグによって1531年に建てられたモスクであり、美しいオスマン建築の建築物です。モスクを設計したのはミマール・スィナンであり、スィナンはヴィシェグラードのソコルル・メフメト・パシャ橋や、イスタンブルのスレイマニエ・モスクを設計した人物です。
➛ガジ・フスレヴ=ベグ・モスクの中庭

➛ガジ・フスレヴ=ベグ・バザールは、1542年から1543年にかけてガジ・フスレヴ=ベグによって建設された、屋根で覆われた市場です。設計に携わったのはラグーサの職人たちで、長さ109メートルにわたって、50を超える店舗が立ち並んでいます。
➛ガジ・フスレヴ=ベグ・バザール

➛噴水式水飲み場

➛国立図書館

➛Residence Rooms

➛正教大聖堂

➛聖アントニウス教会

➛スタジアム

➛ボスニア・ヘルツェゴビナにある二つの世界遺産は、モスタルにあるスタリ・モスト(古い橋)の周辺と、ヴィシェグラードのソコルル・メフメト・パシャ橋で、ともに橋を中心とする世界遺産です。
➛スタリ・モストの夜景

➛ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で破壊され、後に再建されたスタリ・モストは、中心部が湾曲した橋で、全幅4 m、全長30 m、川面からの高さは24 m です。この橋には、それを守る要塞化された塔が二つ備えられております。
➛スタリ・モスト

➛モスタルの町並み

➛モスタルの町並み

➛ソコルル・メフメト・パシャ橋は、全長は179.5 m で、11の石組みのアーチから成っており、これらのアーチは、20世紀の二度の世界大戦で壊滅的な被害を受けましたが、その後再建されました。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争中のヴィシェグラードの虐殺では惨劇の舞台にもなりました。
➛ソコルル・メフメト・パシャ橋

2014年3月8日土曜日

モンテネグロ 世界遺産、コトル地方の歴史的建造物など

➛Google Map
➛モンテネグロは、ユーゴスラビア連邦共和国および国家連合セルビア・モンテネグロの構成国として1992年から2006年まで存続した国家ですが、モンテネグロは2006年に独立を宣言し、セルビア・モンテネグロは解体されました。
➛世界遺産、コトルの夜景
➛オススメ動画 Natural and Culturo-Historical Region of Kotor (UNESCO/NHK)

➛モンテネグロ 世界遺産、コトル地方の歴史的建造物など
joy555 trails
➛Wikiloc ツアー一覧(後順)
➛空から街並み拝見(Google Earth)

➛世界遺産のコトルは、アドリア海に面し、天然の良港をもつ港町で、スラヴ諸国初の航海士学校が創立された防壁に囲まれた町で、海上交易の拠点として発展しました。
➛世界遺産、コトルの風景

➛砂浜

➛旧市街

➛ゲート入口

➛時計の塔

➛コトルには大聖堂や宮殿、広場など中世の面影を漂わす歴史的建造物が数多く残っていましたが、1979年の大地震と1990年代の内戦によって大きな被害を受け、一時、危機遺産となりましたが2003年に解除されています。
➛コトルの壁

➛聖ニコラ教会

➛聖ルカ教会

➛海事博物館の前

➛歴史的建造物

➛古い建物 Palata Pima

➛大聖堂

➛南ゲート
➛Tags=Kotor,Montenegro