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2014年9月19日金曜日

静岡 水と緑の街、三島市の見所

➛Google Map
➛伊豆半島(伊東市、下田市、伊豆市)をぐるりと訪ねた旅、大阪への帰途の途中、三島市で一時を過ごします。
➛三島駅
➛オススメ動画 源兵衛川

➛静岡 三島市(楽寿園 三嶋大社 源兵衛川)
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➛Wikiloc ツアー一覧(後順)
➛空から街並み拝見(Google Earth)

➛新 Google Map 静岡 三島市 楽寿園

➛三島市は、三嶋大社の門前町であり、三嶋大社や楽寿園を中心に、落ち着いた佇まいを見せます。市内各地で湧水が見られる点から、国土交通省選定の水の郷百選にも選ばれています。
➛源兵衛川

➛源兵衛川は、全長1.5kmの農業用水路を起源とした蓮沼川と同じ楽寿園内小浜池を水源とし中郷温水池に注ぐ河川です。 2008年(平成20年)6月に環境省が選定した平成の名水百選および2006年(平成18年)2月3日に農林水産省により疏水百選に選定されました。
➛源兵衛川

➛三島駅の近くに位置する楽寿園(現在は公園)は、古くは小浜山と呼ばれ、愛染院(廃寺)、浅間神社、広瀬神社の社寺域でした。1890年(明治23年)、小松宮彰仁親王の別邸として造営され、彰仁の没後、1911年(明治44年)に韓国王世子李垠の別邸となり、昌徳宮と呼ばれました。1927年(昭和2年)、伊豆出身の資産家・緒明圭造へ売却。1952年(昭和27年)には三島市が購入し、市立公園として一般公開しています。
➛楽寿園と小浜池

➛楽寿園

➛三嶋大社は、旧社格は官幣大社で全国に約700社ある三島神社の総本社です。源頼朝は伊豆流刑時代から当社を崇敬し、鎌倉幕府成立後は伊豆山・箱根とともに当社を重んじていました。
➛三嶋大社

➛三嶋大社舞殿

➛小田原を経由して、伊豆半島(伊東市、下田市、伊豆市)をぐるりと訪ねた2泊3日の旅、最後に三島市を散策して後、大阪への帰途につきます。
➛三嶋大社拝殿

➛新 Google Map 静岡 三島市 佐野美術館

2014年9月18日木曜日

静岡 伊豆、修善寺温泉の景観

➛Google Map
伊豆高原、下田を訪ねた後、河津から天城峠を経由、山越えをして修善寺を訪ねます。
伊豆半島で最も歴史がある修善寺温泉は、平安時代に弘法大師が開いたという修禅寺の歴史とともにあります。
➛修善寺
➛動画

➛静岡 伊豆半島(伊東市 下田市 伊豆市 三島市)
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➛Wikiloc ツアー一覧(後順)
➛空から街並み拝見(Google Earth)

➛新 Google Map 静岡 伊豆市 修善寺 独鈷の湯

➛photo
➛修善寺温泉で、まず目に入るのが独鈷の湯(とっこのゆ)です。弘法大師が大同2年(807年)に修善寺を訪れたとき、そこに病に疲れた父親の体を河で洗う少年を見つけ、少年の親孝行に感心した大師が手に持った独鈷杵で河中の岩を打ち砕き、霊験あらたかなる温泉を噴出させたとする由来があります。
➛独鈷の湯

➛弘法大師によって開基された「修禅寺」は、温泉街の変遷や源頼家の幽閉、暗殺など修善寺温泉の歴史をみつめてきた古刹であり、戯曲『修禅寺物語』など多くの文学に描かれています。
➛修善寺

➛修善寺

➛指月殿は、修禅寺に対面した鹿山の麓にあって、修善寺温泉で暗殺された源頼家の冥福を祈り、母政子が指月殿、宋版大蔵経、釈迦三尊繍仏などを修禅寺に寄進したものです。
➛指月殿

➛指月殿

➛“むすばれ橋”とも呼ばれる桂橋です。桂川にかかる朱塗りの6つの橋に願いをかけながら渡ると“恋”が成就するとか・・・。
*本来、写真の中央に独鈷の湯の建屋があるのですが台風で流されたそうです。
➛桂橋にて

➛桂橋

➛朱塗りの橋

➛朱塗りの橋辺り

➛竹林の小道

➛竹林の小道辺りにて

➛竹林の小道辺り

➛竹林の小道辺り

➛名物、独鈷そば、地元の新鮮な素材を使ったざるとかけの2種類があって、修善寺の湧水を使い、喉ごしも抜群とのこと、大勢のお客さんで賑わっていました。
➛独鈷そば

➛土産屋

➛木彫りの店

➛今夜の宿は簡保の宿、修善寺です。ゆっくりと温泉につかって疲れを癒します。
➛簡保の宿修善寺

➛明日は、修善寺をもう少し歩いたのち、三島に向かいます。
➛かんぽの宿修善寺にて

➛修善寺駅

➛伊豆箱根鉄道駿豆線

➛静岡 水と緑の街、三島市の見所

2014年9月17日水曜日

静岡 下田市 開国の街、下田の史跡など

➛Google Map
➛伊豆高原から下田へと移動します。
伊豆の下田は、江戸時代には、江戸・大坂間の風待ち湊として栄えた町であり、東海道の三島宿から伊豆半島中央部を南北に縦断する下田街道の終点でもあります。
➛下田駅前

➛静岡 伊豆半島(伊東市 下田市 伊豆市 三島市)
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➛Wikiloc ツアー一覧(後順)
➛空から街並み拝見(Google Earth)

➛新 Google Map 静岡 下田市 ペリーロード

➛一般には下田は、開国の街として知られ、1854年(嘉永7年)に日米和親条約が締結、箱館とともに開港しました。吉田松陰の米渡航失敗、ロシア使節プチャーチン提督乗船のディアナ号遭難、米国領事タウンゼント・ハリスと「唐人お吉」、「商業写真の祖」下岡蓮杖など、数々のエピソードがあります。
➛下田駅前

➛宝福寺は総領事ハリスに仕え、後に非業の死を遂げた、お吉の菩提寺です。敷地内にはお吉記念館があり、見学することができます。幕末には日米交渉の際の幕府役人の宿舎にあてられました。
➛宝福寺(唐人お吉記念館)

➛勝海舟・坂本竜馬の縁の地でもあります。
➛宝福寺にて

➛お吉塚

➛宝福寺にて

➛下田奉行所跡地

➛唐人お吉が晩年に(明治15年)、料亭「安直楼」を営んだ安政末期の建物です。昔の面影を残し、2階には当時の客間やお吉の遺品などが展示されています。
➛安直楼

➛お吉は、下田に戻って人生を一から始めようと思い、そして、亀吉という船主の援助を受けて料亭「安直楼」を開業し、時には髪結いもして稼ぎました。ただ相変わらずお吉は酒好きで金遣いも人遣いも荒かったので自然に人が遠ざかるようになり、やがて安直楼も廃業せざるをえなくなります。
➛安直楼

白と黒の碁盤目が斜めに交差する「なまこ壁」は、古風で独特の下田情緒を街にかもし出しています。下田で見られるなまこ壁は、土蔵や民家で使われ、竹で骨組を作って、その上から土を何層にも重ね、平瓦を張り、水の侵入を防ぐため、しっくいを盛り上げたものです。その盛り上がり方がなまこに似ているところから、なまこ壁と言われるようになりました。
➛なまこ壁

➛なまこ壁

➛ペリーロードは、黒船でやってきたペリー提督が了仙寺で日米下田条約締結の為に行進した道で、現在は、了仙寺から下田公園への約500m.平滑川をはさむ石畳の小道沿いにはなまこ壁や伊豆石造りの風情ある家並みが続いています。
➛ペリーロード

➛ペリーロード周辺

➛ペリーロード周辺にて

➛ペリーロード周辺

➛足湯

➛了仙寺は、幕末にペリーと幕府の間で日米下田条約が締結された日本開国の国指定史跡で開国殿と呼ばれています。5月には境内のアメリカジャスミンが満開になり、強い香りを放ちます。
➛了仙寺

➛了仙寺

➛了仙寺

➛下田駅

➛下田駅にて

➛下田から早咲きの桜で知られる河津に引き返し、ここから河津街道に入り、天城峠などを経由、山越えをして修善寺に向かいます。
➛河津

➛河津のループ橋
➛静岡 伊豆、修善寺温泉の景観