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2015年1月14日水曜日

香川 桜の季節、「こんぴらさん」で親しまれる金刀比羅宮を訪ねて

➛Google Map
➛桜の季節、「こんぴらさん」で親しまれる金刀比羅宮に参拝しました。家内の実家の近郊に位置する金刀比羅宮(ことひらぐう)は、香川県仲多度郡琴平町の象頭山中腹に鎮座する神社で、こんぴらさんと呼ばれ親しまれており、金毘羅宮、まれに琴平宮とも書かれます。
➛こんぴらさん参道
➛オススメ動画 金刀比羅宮例大祭

➛最寄駅のJR琴平駅から金刀比羅宮の奥社厳魂神社までのルートを、空撮ツアーで辿ります。
➛香川 琴平 金刀比羅宮(JR琴平駅 金刀比羅宮御本宮 金丸座)
joy555 trails
➛Wikiloc ツアー一覧(後順)
➛空から街並み拝見(Google Earth)


➛金刀比羅宮の最寄り駅、土讃線の琴平駅です。
➛琴平駅

➛高燈籠

➛琴平駅(土讃線)の近くには、高松琴平電気鉄道琴平線の琴平駅も位置しています。
➛琴電 琴平駅

➛ことひら温泉 琴参閣

➛琴参閣ロビーにて

➛琴平 金陵の郷

➛金刀比羅宮 参道

➛金刀比羅宮 さぬきうどん

➛参道を登ります

➛金刀比羅宮は、長く続く参道の石段が有名で、奥社まで登ると1368段にもなります。海上交通の守り神として信仰されており、現在も漁師、船員など海事関係者の崇敬を集めています
➛金刀比羅宮 参道と石段

➛江戸時代末期には「こんぴら船々 追風(おいて)に帆かけて シュラシュシュシュ まわれば 四国は 讃州那珂の郡 象頭山 金毘羅大権現 一度まわれば」との民謡が歌われ始めました。
➛金刀比羅宮 山門

➛参道から琴平町を一望

➛金刀比羅宮 五人百姓

➛金刀比羅宮 桜馬場

➛春の季節には、参道に覆いかぶさる満開の桜に目を奪われます。
➛金刀比羅宮 桜馬場

➛満開の桜

➛書院 玄関

➛金刀比羅宮 表書院前庭(蹴鞠)

➛三穂津姫社拝殿

➛金刀比羅宮 本宮

➛白峰神社の御祭神は崇徳天皇です。相殿には、天皇の御母である待賢門院(たいけんもんいん)と大山祇(おほやまつみ)の二柱が祀られています。また、随神として源爲義と源爲朝の木像が安置されています。
➛白峰神社

➛菅原神社

➛厳魂神社(いづたまじんじゃ)の海抜は421メートルです。表参道からの石段は全1368段あります。厳魂神社には、金刀比羅本教の教祖である厳魂彦命が祭られています。
➛奥社厳魂神社

➛金刀比羅宮への南入口にあたる牛屋口は、石灯篭がずらりと並び、土佐・伊予と讃岐をつなぐ主要街道でした。幕末には坂本龍馬、中岡慎太郎などの脱藩者、また高杉晋作などが、往来する際にこの道を使ったといわれ、そのため、この牛屋口には観光用として設置された坂本龍馬像があります。
➛牛屋口の石燈篭と坂本龍馬像

➛旧金毘羅大芝居(きゅうこんぴらおおしばい)は、琴平町の金刀比羅宮・門前町にある、現存する中では日本最古の芝居小屋で、別名、金丸座とも呼ばれ、国の重要文化財の指定を受けています。
➛旧金毘羅大芝居(金丸座)

➛旧金毘羅大芝居(金丸座)舞台仕掛け

➛金丸座

➛宝物館

2013年7月10日水曜日

香川 高松市、4代目駅舎となる新高松駅及び市街地の見所

➛Google Map
➛新装なった高松駅ホームです。2001年(平成13年)5月13日、旧高松駅より西へ0.3km移転した位置に、4代目駅舎となる新駅ビルが使用を開始しました。
高松駅には、予讃線(瀬戸大橋線)・高徳線のほか、予讃線経由で土讃線の列車が乗り入れてきます。また、駅東方約200mに高松琴平電気鉄道(ことでん)琴平線の高松築港駅があります。
➛5番ホームに停車するマリンライナー(Wikipediaより)
➛オススメ動画 思い出の国鉄(宇高航路)

➛香川 高松市(高松城 栗林公園 石清尾八幡宮 屋島)
➛Wikiloc ツアー一覧(後順)
➛空から街並み拝見(Google Earth)

➛高松駅及び駅前の風景です。
もともと高松駅前はバスなどの行き交う広い場所を有していましたが、現在の新駅はビルの立ち並ぶ整備された空間として賑わっているようです。
➛高松駅

➛駅に隣接する全日空ホテルクレメント高松

➛全日空ホテルクレメント高松より展望、瀬戸内海と背景に屋島

➛高松駅前の高松城は、高松市玉藻町にあった城で、万葉集で柿本人麻呂が讃岐国の枕詞に「玉藻よし」と詠んだことに因み、高松城周辺の海域が玉藻の浦と呼ばれていたことに由来するとされ、城跡一帯を玉藻公園として親しまれています。
➛高松駅前の玉藻公園

➛高松城の城郭形式は輪郭式平城で、本丸を中心に二の丸、三の丸、北の丸、東の丸、桜の馬場、西の丸が時計回りに配置され、3重に堀が廻らされていました。 かつては城壁が瀬戸内海に直接面し、外濠・中濠・内濠の全てに海水が引き込まれ、城内に直接軍船が出入りできるようになっており、水軍の運用も視野に入れ設計されていた日本初の本格的な海城です。
➛高松城

➛高松城は、天正16年(1588年)生駒親正により築城を開始、天正18年(1590年)完成しました。その後、寛永19年(1642年)松平頼重が12万石で入封、城の整備に着手し、2代・頼常にも改修が引き継がれました。
➛水門と渡櫓(wikipedia より)

➛高松城 月見櫓

➛高松駅近くの赤灯台

➛北浜alley

➛高松駅近くのうどん店

➛本州と四国を結ぶ幹線交通路として重用されてきた宇高連絡船は、1988年(昭和63年)4月10日、本四備讃線(瀬戸大橋線)が開業したことから、1990年(平成2年)3月に休止、翌年3月に廃止となりました。
➛宇高連絡船 阿波丸(Wikipediaより)

➛連絡船の最盛期、着岸港である宇野駅と高松駅では、連絡船接続列車の座席を確保するために、船から降りた多くの乗客が列車まで凄まじいスタートダッシュをかけることが有名でした(俗にいう「四国三大走り」宇野駅、高松駅、窪川駅で、接続列車やバスに向けて乗客たちが先を争うことで有名でした)。
➛宇高連絡船 伊予丸(Wikipediaより)

➛宇高連絡船 讃岐丸(Wikipediaより)

➛宇高連絡船 土佐丸(Wikipediaより)

➛宇高連絡船の追憶として、連絡船デッキで販売されていた讃岐うどんがしばしば挙げられます。香川県民をはじめとする四国の人々に帰郷を実感させる味であり、そのため、帰省シーズンには展望デッキの上で潮風にふかれながらこれを食する人が大勢いました。高松駅構内には当時の連絡船のうどんを参考に味の再現を図った「連絡船うどん」の店があります。
➛「連絡船うどん」の店(Wikipediaより)

➛高松琴平電気鉄道 高松築港駅

➛高松の中央通りは、高松駅前の玉藻交差点から栗林公園前交差点に至る、全長約2.4kmにおける国道の愛称で、文字通り、高松市の中央を南北に貫くメインストリートとして日本の道100選に選定されています。
➛中央通り 高松駅前方面へ(Wikipediaより)

➛中央通りは、高松市のメインストリートであるほかに、沿線は四国地方の経済を支える有数のオフィス街であり、高層ビルが林立しています。
➛中央通り 天神前周辺(Wikipediaより)


➛香川県庁


➛高松市役所

➛丸亀町商店街

➛南新町商店街

➛栗林公園(Wikipediaより)

➛栗林公園にて

➛栗林公園の桜

➛麓から見た屋島

➛四国村 旧丸亀藩御用蔵

➛四国村 旧中石家住宅と染が滝

➛屋島寺

➛屋島東側から望む源平古戦場跡