2014年8月3日日曜日

岩手 中尊寺など「平泉」が世界文化遺産に登録決定!

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➛「平泉」が世界文化遺産に登録決定のニュースを見ました(2011/06/26)。平泉は、12世紀に奥州藤原氏が仏教の浄土思想に基づいて独自の黄金文化を築いた拠点で、中尊寺を中心とする寺院や庭園が浄土を表すものとして高く評価されたとの事です。
中尊寺 金色堂
➛オススメ動画 平泉 中尊寺 平泉 毛越寺

岩手 平泉(中尊寺 金色堂 白山神社 毛越寺)など
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新 Google Map 岩手 平泉 中尊寺にて

➛東日本大震災の影響で観光客が激減していた中での明るい話題で、以前(2001/10/18)、東北旅行での思い出の写真などを再編集しました。
➛奥州藤原氏の実質的な初代である藤原清衡が平泉にて中尊寺の中興(事実上の創建か)に着手したのは長治2年(1105年)、50歳の時でした。金色堂の建立は天治元年(1124年)、諸堂の整備が終わって、盛大な落慶供養が行われたのは着手から実に21年後の大治元年(1126年)で、清衡は71歳(死の 2年前)です。
中尊寺 金色堂覆堂

➛中尊寺の表参道入口辺りに建つ、武蔵坊弁慶の碑です。
1189年(文治5年)、源義経が衣河館にて自害するなど、義経の主従に纏わる史跡が見られます。
中尊寺 武蔵坊弁慶碑

➛中尊寺の表参道、月見坂です。道の両側には、江戸時代に平泉を治めていた伊達藩によって植樹された樹齢300~400年ほどの杉の並木が続き、歴史の長さを物語ってくれます。
中尊寺 月見坂

中尊寺 弁慶堂

➛近世の中尊寺は衰退し、『奥の細道』の旅をしていた松尾芭蕉が中尊寺の荒廃ぶりを見て嘆いたのはよく知られています。近世を通じ、伊達氏の庇護を受けて堂宇の補修・建立が行われ、寛文5年(1665年)には東叡山寛永寺の末寺に組み込まれています。
中尊寺 松尾芭蕉 碑

中尊寺 本堂

➛松寿庵は、中尊寺本堂に寄り添うように建つ茶席です。
中尊寺 松寿庵

中尊寺にて

中尊寺にて

中尊寺にて

中尊寺にて

中尊寺にて

➛白山神社能舞台は、境内北方に位置する中尊寺の鎮守・白山神社内に建ちます。嘉永6年(1853年)に伊達藩によって再建されたもので、近世の能舞台遺構としては東日本唯一のものとされ、日本の芸能史上貴重な遺構として、2003年に重要文化財に指定されています。
白山神社能舞台

➛世界遺産「平泉-浄土思想を基調とする文化的景観」の一部である金鶏山です。
「中尊寺ノ東南ニ高峯アリ。秀衡コレヲ駿州ノ慈峯(富士山)ニ擬ス。カツ金鶏一匹ヲ峯頭ニ埋メ、金鶏山ト号ス」(奥州観蹟聞老志)
千手堂と金鶏山登山道入り口

➛平泉では、奥州藤原氏4代(清衡、基衡、秀衡、泰衡)約100年にわたって王朝風の華やかな文化が栄え、毛越寺(もうつうじ、基衡建立)、観自在王院(基衡夫人建立)、無量光院(秀衡建立)などの寺院が建立されましたが、当時の面影をとどめるのは中尊寺金色堂と毛越寺の庭園のみです。
毛越寺

毛越寺遣水

➛平泉町にある無量光院跡です。
無量光院跡

➛柳之御所遺跡は、奥州藤原氏の政庁「平泉館」跡と推定されます。柳之御所は、奥州藤原氏初代清衡が豊田館(奥州市)から平泉に移ってきて居館をかまえた所であり、三代秀衡が再整備を行ったとされています。
柳之御所遺跡


柳之御所資料館


伽羅御所跡(えさし藤原の郷より)
岩手 奥州市のテーマパーク「えさし藤原の郷」の景観 へリンク
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