2013年2月1日金曜日

東海道五十三次 島田宿(第二十三宿)~大井川~金谷宿(第二十四宿)の道のり

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➛東海道五十三次、第二十三宿の島田宿は、大井川の左岸(江戸側)にあるため、増水で大井川の川越が禁止されると、お伊勢詣りなどの江戸から京都方面へ上る旅客が足止めされ、さながら江戸のような賑わいをみせました。「箱根八里は馬でも越すが 越すに越されぬ 大井川」と詠われた、東海道の難所の一つです。
➛島田宿
➛参考資料 東海道五十三次 東海道五十三次の旅 踏破一覧 LINK 街道てくてく旅

東海道五十三次 島田宿(第二十三宿)~金谷宿(第二十四宿)
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➛島田宿に位置する大井神社は、日本三大奇祭の一つとも言われる「島田の帯祭り」で知られる神社です。その昔、この地に嫁いできた花嫁は晴れ着で大井神社に参詣し たのち宿内に披露に回る風習があり、その後、男たちが代理で花嫁の 帯だけを披露することになりました。この披露行列は絢爛豪華で島田の大祭となっています。
➛大井神社

➛大善寺の鐘は、大井川の川越の開始と終了を知らせる合図や、島田宿へ時を告げる合図として使われました。
➛大善寺

➛今回、大井川の左岸(江戸側)の島田宿から大井川を渡り、右岸(京都側)の金谷宿(第二十四宿)を経て、日坂宿への道のりを辿ります。
➛島田市博物館分館は「川越遺跡の東側に隣接し、明治時代に建築された旧家を出来るだけ現状のまま復元保存した建物と、展示室や事務室などを増築して平成12年に開館しました。
➛島田市博物館分館

➛川越茶屋そば処玄芭蕉庵

➛大井川川越遺跡では、旅人が川札を買った「川会所」をはじめ川越し人足が集合していた「番宿」や「札場」など当事の町並みが復元されています。また人形浄瑠璃「生写朝顔日記」にちなんだ「朝顔の松公園」などが隣接し、江戸時代のノスタルジーを感じながら博物館から分館へ通じるルートは欠かせないスポットになっています。
➛大井川川越遺跡

➛島田市博物館は、大井川の川越しにより栄えた島田宿の面影を残す国指定史跡「川越遺跡」西側に隣接し「旅と旅人」をメインテーマとし、旅道具や江戸時代の川越しに使われた連台などの展示、ジオラマビジョンなどにより、島田の歴史文化を紹介しています。
➛島田市博物館

➛大井川は、江戸の防衛に加え家康の隠居城であった駿府城の外堀の役目を果たすため、架橋はおろか船による渡し舟も厳禁とされており、このため大名・庶民を問わず、大井川を渡河する際には馬や人足を利用して輿や肩車で渡河した川越が行われていました。
➛大井川

➛蓬莱橋は大井川に架かる木製の橋で、明治12年に完成しました。現在の蓬莱橋は、全長897.4m、通行幅2.7mで、大井川の自然と一体になった景観から全国的にも有名になり、平成9年(1997)には「世界一の木造歩道橋」としてギネスブックに認定されています。
➛蓬莱橋

➛第二十四宿の金谷宿は、大井川の右岸(京都側)にあり、牧之原台地が迫る狭隘な場所ですが、増水で大井川の川越が禁止されると、江戸へ下る旅客が足止めされ、島田宿と同様、さながら江戸のような賑わいをみせました。
金谷宿



➛長光寺

➛石畳茶屋は平成6年にオープンした建物で、平成3年金谷坂石畳が復元されたのに続いて、この場に相応しい木造数寄屋風の「おやすみ処」としてが誕生しました。
➛石畳茶屋

➛金谷坂石畳(旧東海道)は、急坂な上に粘土質であるために雨が降るたびに滑りやすく、大名行列や旅人は難儀しました。このため正確な時期は不明ですが文久2・3(1862・1863)年頃、石畳が敷設されたと推測されています。
➛金谷坂石畳

➛こもれび

➛久延寺

➛小夜の中山(さよのなかやま)または佐夜の中山は、静岡県掛川市佐夜鹿に位置する峠で、最高点の標高は252mです。古くは遠江国の東部に属し、宿場では金谷宿と日坂宿の間に当たります。頂上には真言宗の久延寺、西側の麓の日坂宿の入口には事任八幡宮があり、多くの人々が旅の安全を願って立ち寄ったと伝わるほか、遠州七不思議の一つで、赤ん坊の泣き声を発したとの伝説を持つ夜泣き石があります。
➛夜泣き石

➛浮世絵美術館 夢灯

➛第二十五宿 日坂宿へ
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