2013年12月27日金曜日

スウェーデン 世界遺産、カールスクルーナの軍港

➛Google Map
➛カールスクルーナは、バルト地方の温暖で風光明媚な港町で、バルト海の戦略的な位置にあって、1680年に、スウェーデン国王のカルル11世によって、スウェーデン海軍の軍事拠点として計画的に造られた最も重要な海軍基地の1つです。
➛軍港地区
➛オススメ動画 Visit Karlskrona - Promotion video SWE

➛スウェーデン 世界遺産、カールスクルーナの軍港
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➛空から街並み拝見(Google Earth)

➛カールスクローナの全景

➛カールスクルーナ駅

➛フレデリック教会

➛聖三位一体教会は、カールスクルーナにおける海軍のための教会です。赤で塗られたこの教会は1685年に建設されました。
➛聖三位一体教会

➛時計塔

➛海軍基地

➛ヨーロッパの計画された海軍の町の良く保存された例であり、類似の海軍基地をもつ町のモデルとなり、最も保護され完全なものとして世界遺産に登録されています。
➛古い海軍基地ドッグ

➛アドミラルティ教会


➛要塞

➛要塞

➛Rollof の頭

➛カールスクローナ港の全面は、多数の群島があり、自然の要塞を為しています。スウェーデン本土にかかる橋は、1本のみで、それぞれ群島とはフェリーで結ばれている。
➛帆船

➛港祭り

➛カールスクローナは、1981年、冷戦期に「ウィスキー・オン・ザ・ロック」の事件の舞台となりました。(ソ連海軍のバルト艦隊に所属していたウィスキー級潜水艦U-137が、1981年10月27日にスウェーデンの領海内で座礁した事件。両国政府間の大きな政治的問題になった)
➛座礁した潜水艦の同型艦
➛Tags=Karlskrona, Sweden

2013年12月23日月曜日

ポーランド 南西部の中心都市ヴロツワフと周辺の世界遺産、平和教会など

➛Google Map
➛ポーランド南西部の中心都市ヴロツワフは、千年以上の歴史を誇り、一度は必ず訪れたい町のひとつです。オドラ川とその支流の上にできたこの町は、歴史的にドイツ領であった時代も長く、シロンスク(シレジア)地方の中心として文化・経済ともに栄えてきました。市内には100以上の橋がかかり、水上都市のような印象を受けます。
➛ヴロツワフの風景
➛オススメ動画 EXPO WROCŁAW 2012 POLAND MikroCity Wrocław

➛ポーランド 南西部の中心都市ヴロツワフと周辺の世界遺産、平和教会など
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➛鉄道駅 ホーム

➛鉄道駅

➛ストリート

➛景観

➛オペラハウス

➛美しい歴史地区、運河、市内や郊外の歴史的建造物を利用した宿泊施設、そして有名な日本庭園を利用した観光産業にも力を入れており、毎年多くの観光イベントが開かれます。
➛市立博物館(プロイセン王の元宮殿)

➛市立博物館の中庭

➛広場

➛第二次世界大戦時には、ドイツ軍とソ連軍の激しい戦闘で歴史地区の大半が破壊されましたが、戦後になるとそれまで残っていた資料を元にポーランド市民の手によって正確に復元されています。
➛市庁舎

➛建築博物館

➛Panoramy Racławickiej

➛国立博物館(冬)

➛大聖堂

➛聖十字教会

➛マーティン教会

➛神学校

➛オドラ川の風景

➛ヴロツワフにある世界遺産、百年記念会館です。鉄筋コンクリート建築史における画期的な建物といわれる百年記念会館が「百年記念」と呼ばれる由来は、対ナポレオンのライプツィヒの戦い100年を記念して1911~1913年に建てられたことにあります。
➛百年記念会館

➛設計はマックス・ベルクMax Bergによるもので、世界最大のコンクリート作りのドーム型建築でした。建物の用途は多目的娯楽施設。中心軸を設置してあり展覧会場として造られました。
➛百年記念会館 ホール

➛四円蓋展示館は、歴史的展示物を収めるために建築家ハンス・ペルツィヒHans Poelzigによって設計されました(1912年)。
➛四円蓋展示館

➛四円蓋展示館

➛日本庭園

➛世界遺産、ヤヴォルとシフィドニツァの平和教会群は、ポーランド南西部に位置します。教会が建てられたのは、17世紀半ばのことで、ボヘミアのプロテスタント教徒の反乱をきっかけに勃発し、ヨーロッパの大部分を荒廃させた三十年戦争(1618-1648)後のことでした。
➛ヤヴォルの平和教会

➛ウェストファーレン講和条約(1648年)に基づき、オーストリア皇帝は、ドルノシロンスキェ県地方のプロテスタント教徒たちに3つの「平和教会」を建てることを許しました。それらは、破壊をもたらす戦争や宗教紛争の終結の象徴となるべきものでした。
➛ヤヴォルの平和教会 内部

➛これらの教会は、伝統的な教会と同じように作ることはできず、耐久性のない建材で建てられ、市壁からの大砲の射程距離に置かればなりませんでした。そして、木材、藁、粘土を利用したハーフ・ティンバー(木骨)造りの建物が出来ましたが、木造建築の教会としてはヨーロッパ最大のもので、数千人を収容することができます。
➛シフィドニツァの平和教会

➛外観は質素ですが、内部はバロック様式の豪華できらびやかな内装で飾られています。
➛シフィドニツァの平和教会 内部