➛Google Map
➛世界遺産、古代都市ネセバルは、東部、黒海の岩肌の半島にある3000年もの歴史をもつ都市で、元々はトラキア人の居住地でしたが、ギリシアの植民地を経てビザンティン帝国の要塞の一つとなりました。
➛生神女Eleoussa聖堂 (6世紀)
➛城壁に囲まれた町には、アクロポリス、アポロ神殿、アゴラ、聖ステファン教会やヨハネ教会などのほか、木造家屋など、各時代の遺構が現存しています。
➛城壁
➛古代の神殿、聖ソフィア聖堂 (5世紀-6世紀)
➛ネセバルは、時に最も面積あたりの聖堂の数の多い街と言われたりしますが(これはおそらく事実に反するが)それでもなおネセバルに立ち並ぶ多様な聖堂は特筆すべきものがあります。
➛前駆授洗イオアン聖堂 (11世紀)
➛中央広場に面した聖パントルラトール教会は、卍型の彫刻や青陶のはめ込みなどの装飾が独特な、第二次ブルガリア帝国皇帝アレクサンドル冶世下の14世紀に建設された教会で、当時の教会としては国内で最も保存状態がよいといわれています。
➛聖パントルラトール教会 (13世紀-14世紀)
➛ビザンティン帝国時代、ブルガリア帝国時代、オスマン帝国時代に建てられたネセバルの聖堂群は、正教会における重要な建築遺跡であり、初期キリスト教様式から中世のクロス・ドーム様式への変遷の過程を見ることが出来ます。
➛St John Aliturgetos聖堂 (14世紀)
➛ネセバルの木造建築
➛ネセバルのビーチ
➛ガブロヴォは、ブルガリア北西部の町でバルカン山脈中部のふもとの、ヤントラ川の渓谷に位置し、ガブロヴォ・ユーモアとして知られるユーモアと風刺の街で、ブルガリア民族復興期の建築でも知られています。
➛ユーモアと風刺の館の像
➛ガブロヴォの伝統的な住宅
➛牧歌的な風景
➛ガブロヴォを取り巻く地域は、新石器時代から人が居住しており、12世紀にヴェリコ・タルノヴォが第二次ブルガリア帝国の首都となると、その経済的重要性を増し、首都と、バルカン半島各地を結ぶ交易路に近かったことから、職人と交易の街として繁栄しました。
➛ガブロヴォの町並み
➛ガブロヴォは、国際的なユーモアと風刺の中心地で、「ユーモアと風刺の館」は、文化施設、博物館、ギャラリーとして運営されており、風刺画なども展示されています。また、アレコ・シネマをはじめ、多くの劇場、博物館、邸宅博物館などが街やその周辺に散在しています。
➛ユーモアと風刺の館の像
➛ユーモアと風刺の家
➛主な観光場所としては、「ユーモアと風刺の館」、アプリロフ高校、ドリャノヴォ修道院、ソコル修道院、そして22キロメートルはなれたスキー・リゾート地ウザナなどがあります。
➛ドリャノヴォ修道院
➛ソコル修道院
➛ブルガリア民族復興期の聖堂
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